自動運転車が変える未来

 自動運転車が変える未来を想像するだけでワクワクしてしまう。私たちの社会の構造の一部がガラリと変わってしまう可能性を秘めているからだ。

 昨日は私が酒飲みで自動運転車が出来たらいいなという願望を語った。

 もしも、自動運転車が出来たら飲み屋やレストランが駅から近くなくてはいけない理由はなくなり、店舗を構えるのは駅前とは比較にならないぐらい安い賃料の郊外でも良いということになる。

 会社だってWEBの発達もあり、東京のど真ん中にオフィスを構える実質的な意味は(見栄とかは別として)薄れてきているところも多い。十分な駐車場が確保できる郊外にオフィスがあり、自動運転車が普及すれば都心のメリットである通勤の便の良さというメリットもなくなっていく。

 完全自動運転車であれば当然電気自動車になるだろう。今のところ電気自動車はおおよそ1kwあたり10km弱走る。私の東京電力との契約の場合、深夜電力を使えば1kwあたり10円ぐらいだ。つまり100円で100km走ることになり、よく言うリッター(ガソリンで)何キロ走るという言い方にすれば(ガソリンがリッター100円ぐらいだとすれば)、リッター100km走る計算になる。

 そこまでいけば燃料代を気にする必要もないだろう。自動運転車の車両価格だって普及すれば今のエンジンを積んだ車両よりも安くなるだろうし(なんと言っても内燃機関で動くわけではないのでシンプルでパーツが少ない)、さらに言えば通勤用の一人乗りとか二人乗りの今のスクーターよりも少し大きいぐらいの車が普及すれば、コストは数十万で済むことだろう。

 となれば、会社は給料の他に定期代という交通費を支払うよりも通勤用の一人乗りの自動運転車を貸与した方が安くなるはず。実際、私の住んでいる東京郊外から東京駅に行くのにかかる定期代は半年で10万円程度だ。年間20万円。小型の通勤用自動運転車が仮に数十万で買えるようになれば1~2年で元が取れてしまう。

 朝の時間も有意義に使えるようになる。電気自動車の中には当然コンセントがあり、ドライヤーもかけることもでき、鏡を置いておけば髭も剃れる(今でも運転しながら髭を剃っている強者もいるが)。会社に着くまで寝てたって構わないし、テレビを観てても良いし、パソコンを開いて仕事することも出来る。

 仕事が終わり、じゃあみんなで一杯飲んで行こうかとなればみんながそれぞれ自動運転車に乗り込み、駐車場が完備されている郊外の居酒屋に行き、宴が終わればみんなそれぞれ車に乗って帰って行く。もちろん、帰りの車の中で寝るのも自由だ。酔った女性が電車の中で痴漢に遭うこともなければ、駅からの暗い道で乱暴されるなんて痛ましい事故は起こらない。

 しかし、イケてるおっさんが庶務課の可愛いあの子と二人で飲んでいて終電を逃し、疲れたからちょっと休んでいこうかなんてことがなくなってしまうという深刻な問題が出てくるが(今までの人生でそんなことは一回も起きたことはないが、これから起きる可能性はゼロではない)、そこは敢えて受け入れなくてはなるまい。

 お年寄りにも一人一台自動運転車が普及すれば、アクセルとブレーキの踏み間違えなんて事故も起こらないし、そもそもお年寄りだけでなく誰も事故を起こさなくなり、交通事故というものが根絶されるのかも知れない。

 鉄道やバス、タクシーなどの公共交通機関も衰退していくのだろう。それでも限界集落なんて言われて買い物難民だのガソリンスタンドが近くにないだのなんて問題は解決されるから大丈夫ではないだろうか。いくら限界集落でも電気が通ってないところはないし、運転できないおじいちゃんやおばあちゃんでも車が勝手にスーパーまで連れて行ってくれるからだ。無理に赤字の路線バスを維持をするぐらいなら限界集落のお年寄りたちに無料で自動運転車を貸与した方がはるかに安いはずだ。もちろん、バスを利用していたら当然払っていただろう月に数千円とかのお金は賃貸料として取ったって構わない。

 ただ、電気自動車は航続距離の問題があるので(いずれはバッテリーの進化で解決されるのだろうが)、内燃機関の自動運転車も最初は併売すると思われる。通勤や飲食などの都内で済む用事には小型で安価な電気自動車で、家族の旅行などでは内燃機関を積んだ自動運転車というパターンになるかも知れない。

 旅行で運転を自動でやってくれるなら、お父さんもお母さんもお酒を飲みながら窓から見える景色を楽しんでいる内に目的地に着くことが出来る。

 完全自動運転ならば当然ハンドルやアクセルなども必要ないので、ゴロンと横になったりソファーに座ってテーブルの上の料理を食べながらお酒を飲むことも出来るわけだ。後ろの席とか前の席とかいう概念もなくなるのかも知れない。電子レンジや冷蔵庫は普通に付いているのだろう。トイレだけはスペースやメンテナンスのことを考えると厳しいかな。

 夜に東京の自宅を出発し、高速料金の安い夜中の間に車は走り続け(そして家族は布団の中でゆっくり寝て)朝起きたら九州に着いているなんて旅行の形が普通になるのかも知れない。

 そのような社会になったら、相対的に東京などの大都市の地価は下がり、地方の地価は上がるのかも知れない。

 私の妄想が100%実現するかはわからないし、全てを予測することは誰にもできないが、こんな未来がすぐそこに迫っているのだ。あと10年もしない内に完全自動運転は法整備も含めて現実のものとなり、20年後には趣味性の高い車以外の普通の車は全て完全自動運転になっているだろう。

 なんとか私が生きている間に間に合いそうだ。

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